ブレグジット:英国経済の行方はメイ首相次第

2018年11月22日

著者

アザド・ザンガナ
シニア欧州エコノミスト兼ストラテジスト

合意なきブレグジットのリスクの行方は、メイ首相が議会で離脱協定の合意文書の承認を得られるか否かに左右されます。仮に承認を得ることができなかった場合、英国は来年にも景気後退入りするリスクをはらんでいると考えます。

 

英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)を巡り、英政府とEUは、英国のEU離脱条件を定めた協定案について暫定合意に至りました。585ページに及ぶ協定案の大部分は、以前英政府により公表されたホワイトペーパーの重要項目に則っていますが、アイルランドを巡る問題については英国側が妥協した内容となっています。

英国のEU離脱は2019年3月29日に予定されており、以降2020年末までは移行期間となりますが、移行期間は2020年12月以降に延長される可能性も残っています。

移行期間中について英国は現行のEUルールが適用され、単一市場へのアクセス、関税同盟残留、労働者の自由移動等が含まれます。ただし、現行の予算の分担金の支払いが必要であり、関税同盟を離脱するまでは、新たな貿易協定を取り決めることはできないとされています。当然ながら、英国は欧州連合の機構で代表者を持ちません。

 

 

北アイルランドにとって何を意味するか?

移行期間中、EUとの関係性に関して北アイルランドには、英国とほぼ同等のルールが適用される予定です。しかし、移行期間終了後、仮にハードボーダー(厳格な国境管理)の回避や和平合意の維持のための解決策を見いだせない場合、北アイルランドはEUの関税同盟により長く残留する可能性があります。このいわゆる「バックストップ」は、英国とEUの双方にとって望ましい措置ではなく、保守党を閣外協力で支えている北アイルランドの民主統一党(DUP)は、英国を分断する合意を批判する立場を取っています。

バックストップは、オープンボーダー(開かれた国境)を維持するための解決策が見いだされるまでの一時的な措置である可能性が大きく、この間北アイルランドは、英国のその他地域よりも広く単一市場へのアクセスが可能となります。英政府は、北アイルランドからグレートブリテンへの物品の輸送には何の障壁も存在しないと述べていますが、グレートブリテン(および他の非EU加盟国)から北アイルランドへ流入する物品については検査対象となる可能性があるとしています。北アイルランドは特別な位置付けの経済圏となることが想定され、経済的観点から魅力的であり、スコットランドの首相も同様の措置を要求しています。

 

初期段階を通過したに過ぎない

合意の大筋は予想通りとなりましたが、いまだ初期段階を通過したにすぎず、ブレグジット後や移行期間後の関係性は今後協議していく必要があります。EUはこれまで、存在する多くの問題の中でも貿易と安全保障については、離脱が完了するまでは、協議を開始しないと主張してきました。通商交渉には、数年間を要する可能性が高く、移行期間を超えることも想定されます。従って、企業への不透明感は残り、投資計画に際して英国を敬遠する動きが出てくることが見込まれます。短期的な安心材料は、合意内容が基本的に、合意なきブレグジットやクリフエッジ・ブレグジット(交渉が決裂し何の取り決めもなく離脱すること)となる可能性を低下させる内容となっていることです。

 

EU離脱支持者の反発

今回の協定案を受け、怒りや非難の声が上がっています。協定案公表後、メイ首相は内閣の全面的な支持を得ていると公言していましたが、翌日にはEU離脱担当大臣や雇用・年金相らが相次いで辞任しています。

現時点では、メイ首相自身が率いる保守党内でも支持を得られずに首相の座が脅かされる事態に発展する可能性も出てきています。保守党内で不信任案決議実施に必要な書簡数を集めるのに十分可能な状況であると考えますが、可決するのに必要な過半数には満たないと考えており、メイ首相は首相の座を守る可能性が高いとみています。

 

次のステップは?

英国とEUは11月25日に開催されるサミットで離脱協定を正式に固める予定です。その後一週間程度、下院で離脱協定についての議論が行われた後、12月10日頃に投票が実施される見通しであり、これが次の大きなリスクと言えるでしょう。

保守党内のEU離脱強硬派もまた、協定案に反対票を投じる予定であり、メイ首相にとって脅威となっています。さらに前述の通り、北アイルランドの民主統一党(DUP)も協定案に反対票を投じる意向を示しているほか、スコットランド国民党(SNP)と自由民主党も反対票を投じる公算が大きいとされています。

他方、最大野党・労働党は2回目の国民投票の実施という選択肢を視野に入れ、協定案に賛成票を投じない可能性について言及しています。労働党は、英国にとってより良い離脱合意に達することができると主張していますが、その手段についての詳細は示されていません。

このように英国の政治は問題を抱えており、英国に交渉力が備わっているという見方には程遠く、実際は当初からEUがブレグジットを巡る交渉の舵を取っている状況です。

政治家の多くは、メイ首相の協定案について議会の過半数の支持は獲得できないだろうとの見方を示していますが、合意なきブレグジットを支持する過半数も存在しないだろうというのが現状です。しかし、協定案が承認されない場合、あるいはブレグジット延期の要請が起こり、EUの他の国々がそれを支持した場合、英国は2019年3月29日に、合意も移行期間も与えられないままEUから離脱することになります。

 

合意?合意なき離脱?

合意なきブレグジットのリスクの行方は、メイ首相が協定案を巡り、政党を超えた支持を得られるか否かに左右されます。労働党の議員には、より欧州統合派寄りのアプローチを取る者も多く、ブレグジットの混乱を避けるために強硬極左的なリーダーシップに反した行動をとることも考えられます。協定案が可決された場合、移行期間の設置が確実となり、英ポンド/米ドルは1.40程度まで上昇することが見込まれ、このシナリオの発生確率は70%程度であると考えています。

仮に議会が協定案を完全に拒否した場合(30%の可能性)、以下のシナリオが考えられます。

•総選挙の実施
•EUに残留という選択肢を含む3つの選択肢が与えられる国民投票の実施
•政権は維持されるものの、合意なきブレグジットに向け準備を開始

前二者の選択肢は、前回の国民投票や総選挙の結果を考慮すると、やや考えにくいため、我々の主な見通しは合意なきブレグジットへのシフトとしています。仮にこのような状況に陥った場合、英ポンドの下落を招き、英ポンド/米ドルは1.12程度まで下落する可能性があります。

今後も、英国は政治的緊張をはらみ、英ポンドは引き続きボラタイルな動きが予想されます。英国の経済見通しはメイ首相が協定案の承認を得ることができるか否かに左右され、承認を得られない場合のリスクとしては、合意なきブレグジット、そして来年の英国の景気後退入りが挙げられます。

 

 

 

 


【本ページに関するご留意事項】 本ページは、情報提供を目的として、シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社(以下「弊社」といいます。)が作成、あるいはシュローダー・グループの関係会社等が作成した資料を弊社が和訳および編集したものであり、いかなる有価証券の売買の申し込み、その他勧誘を目的とするものではありません。英語原文と本ページの内容に相違がある場合には、原文が優先します。本ページに示されている運用実績、データ等は過去のものであり、将来の投資成果等を示唆あるいは保証するものではありません。投資資産および投資によりもたらされる収益の価値は上方にも下方にも変動し、投資元本を毀損する場合があります。また外貨建て資産の場合は、為替レートの変動により投資価値が変動します。本ページは、作成時点において弊社が信頼できると判断した情報に基づいて作成されておりますが、弊社はその内容の正確性あるいは完全性について、これを保証するものではありません。本ページ中に記載されたシュローダーの見解は、策定時点で知りうる範囲内の妥当な前提に基づく所見や展望を示すものであり、将来の動向や予測の実現を保証するものではありません。市場環境やその他の状況等によって将来予告なく変更する場合があります。本ページ中に個別銘柄、業種、国、地域等についての言及がある場合は例示を目的とするものであり、当該個別銘柄等の購入、売却などいかなる投資推奨を目的とするものではありません。また当該銘柄の株価の上昇または下落等を示唆するものでもありません。予測値は将来の傾向を例示することを目的とするものであり、その実現を示唆あるいは保証するものではりません。実際には予測値と異なる結果になる場合があります。本ページに記載された予測値は、様々な仮定を元にした統計モデルにより導出された結果です。予測値は将来の経済や市場の要因に関する高い不確実性により変動し、将来の投資成果に影響を与える可能性があります。これらの予測値は、本ページ使用時点における情報提供を目的とするものです。今後、経済や市場の状況が変化するのに伴い、予測値の前提となっている仮定が変わり、その結果予測値が大きく変動する場合があります。シュローダーは予測値、前提となる仮定、経済および市場状況の変化、予測モデルその他に関する変更や更新について情報提供を行う義務を有しません。本ページ中に含まれる第三者機関提供のデータは、データ提供者の同意なく再製、抽出、あるいは使用することが禁じられている場合があります。第三者機関提供データはいかなる保証も提供いたしません。第三者提供データに関して、弊社はいかなる責任を負うものではありません。シュローダー/Schroders とは、シュローダー plcおよびシュローダー・グループに属する同社の子会社および関連会社等を意味します。本ページを弊社の許諾なく複製、転用、配布することを禁じます。

著者

アザド・ザンガナ
シニア欧州エコノミスト兼ストラテジスト

Topics

英国
ブレグジット(英国のEU離脱)
市場見通し

投資信託に係るリスク・費用について

投資一任契約に関するご留意事項

上記は単なる具体例であり、記載されている証券・部門・国に投資することを推奨するものではありません。

シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社

金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第90号

加入協会 一般社団法人投資信託協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会