クレジット市場における主導権争い:ファンダメンタルズ対バリュエーション
直近の企業の決算内容はファンダメンタルズが改善していることを示しており、2021年を通して追い風となるだろう。

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コロナ禍からの回復ストーリーはこれまで紆余曲折でしたが、幸いなことに企業のファンダメンタルズにおけるサプライズはこれまで比較的少なかったといえます。新型コロナウイルス感染の第1波後、企業のファンダメンタルズは昨年の半ばごろより改善の途を辿っています。
ファンダメンタルズの回復は、企業利益の改善、社債発行の減速、そして調達コストの低下という3つの要素によって支えられてきました。パンデミックによる影響を受けた企業、特にコロナ禍において直接的な損害を被った企業が完全にコロナ禍以前の水準に戻るには時間を要すると考えますが、その道筋はかなり明確であるといえます。
同時に、社債のクレジット・スプレッドは1年前には予想しなかったスピードで低下し、多くの社債インデックスのスプレッドは現在、歴史的にみても低水準となっており、投資家は十分なリスク対比のリターンを享受出来るのかを懸念しています。
下記において、ファンダメンタルズの進展、そして見通しの改善が割高なバリュエーションをどの程度まで正当化できるのかについて考察します。
企業はレバレッジの削減を開始
米国投資適格企業の総レバレッジ、つまりEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)に対する負債比率の最近のデータを見てみると、2020年10‐12月期に低下に転じ、その過去最高値から低下し続けています(次頁図表1)。
さらに純レバレッジ、つまりバランスシート上におけるキャッシュ調整後の負債額の低下スピードはさらに速く、コロナ禍以前の水準を下回っています。このことは、総レバレッジと純レバレッジの乖離が歴史的に大きな数値になっていることを意味しており、企業がバランスシートにおいて潤沢なキャッシュを有していることがその理由です。
レバレッジの解消は今後数四半期において継続すると見ています。まず、EBITDAを4四半期ローリングで見てみると、今年1‐3月期については、大きな悪化がみられた2020年1‐3月期分が基準となるため、顕著な上昇が見られるでしょう。これに加え、アナリストは、米国の企業利益は経済回復の加速に伴って継続して回復すると予測しています。
一方、2020年における負債の増加、特に非循環セクターの負債増加は予想を上回る速度でした。しかし、これは、企業が極めて低位となった利回りを効率的に利用し、社債の償還に備えた資金調達を行った結果であると考えられます。よって2021年の発行額は昨年と比較してはるかに低水準となるでしょう。
欧州投資適格企業のレバレッジ水準も、米国ほど顕著ではないものの減少に転じました。ワクチン導入の遅れにより都市封鎖の再実施を余儀なくされたため、欧州投資適格企業のレバレッジ減少が米国に比し遅れることとなりました。しかしながら、欧州も最悪の事態は脱しており、レバレッジ解消のスピードは加速するものと予想されます。
インタレスト・カバレッジ・レシオは改善
レバレッジと同様に、米国投資適格企業のインタレスト・カバレッジ・レシオ(年間利払いに対するEBITDA倍率)は上昇し始めており、2020年10ー12月期においては7.6倍となっています(図表2)。これはコロナ禍以前よりはるかに低いものの、2001年および2009年のクレジットサイクルにおける低水準局面より高位です。この状況は、現在の負債の積み上がりを考えると特筆すべきことです。
インタレスト・カバレッジ・レシオの回復は、2020年における記録的な社債発行額にも関わらず、調達コストの低下により発行額の増加を相殺したことを示しています。レバレッジと同様、2021年、利益の回復はインタレスト・カバレッジ・レシオにとって追い風となるでしょう。
欧州の投資適格企業におけるインタレスト・カバレッジ・レシオは、2020年10‐12月期、継続して上昇し9.8倍となり、2009年よりはるかに高水準となりました。インタレスト・カバレッジ・レシオの上昇は、あまり楽観的ではない収益見通しを部分的にカバーしているといえます。
ここ数か月において、国債利回りは予想を上回るペースで上昇しました。結果として社債の利回りについても徐々に上昇しましたが、利回りの上昇は企業のファンダメンタルズにとってどういう意味を持つでしょうか?
短期的には特に大きな影響はないと考えます。なぜなら2020年、企業は記録的な水準の起債を行い、現在キャッシュ水準も高位であることから、2021年、ほとんどの企業では多くの起債は必要ないと考えられます。よって今年の発行額は低位となることが予想されます。
さらに、最近利回りの上昇はみられたものの、米国および欧州の投資適格社債の利回りは依然として極めて低水準にあります(図表3)。よって、現在の利回り水準で起債を行うことにより、利回りが高い局面で発行した債券と置き換わるため、平均調達コストの低減につながります。
しかしながら利回の上昇がさらに継続する場合は、高いレバレッジ水準にある企業の経営が圧迫され、それら企業は負債削減の為の抜本的な対策を強いられることになります。
総レバレッジと純レバレッジの乖離は、企業のキャッシュバランスが高位にあるということを示しています。事実、米国投資適格企業の負債に対するキャッシュ比率は2020年10ー12月期にさらに上昇し、現在18%となっています(次頁図表4)。このことは、企業が慎重な姿勢を取っていることを示しており、コロナ危機時に積み上げた緩衝材としてのキャッシュを維持している状況です。
企業の慎重なスタンスは、配当性向によっても裏付けされています。米国、欧州投資適格の総合配当性向(株主配当と自社株買いを純利益で除した指標)は、グローバル金融危機直後の水準まで低下しました。
しかしながら、今後数四半期において経済が回復してくるため、キャッシュ水準は低下傾向となるでしょう。投資家は、特にM&A活動などの進展に注視する必要がありますが、これまでのところ、新規のM&Aの資金調達は、概ね株式によって行われています。
投資適格と同様、ハイイールドのレバレッジは低下し始めています(図表5)。事実、米国ハイイールドについては、少なくともEBITDAに対する純負債比率をみても、コロナ危機により受けたダメージはほぼ修復しています。経営破綻状況を回避するためにレバレッジの解消圧力を受けている低格付けの発行体はありますが、これは想定内の展開だといえます。
昨年10‐12月期におけるインタレスト・カバレッジ・レシオは、欧州ハイイールドではわずかな上昇にとどまった一方で、米国ハイイールドはそれまでの歴史的低水準であった3倍から反発しました(次頁図表6)。改善はみられたものの、ハイイールドのインタレスト・カバレッジ・レシオは投資適格と比較して、絶対値においても、歴史的に見てもはるかに低水準です。
ハイイールド企業の不安定な状態は、新型コロナウイルスの感染拡大前にすでに明白でした。その背景には、比較的規模の小さな企業が、大規模な多国籍企業と比較して低金利による恩恵を受けられなかったという大きなトレンドがありました。しかし、米連邦準備制度理事会(FRB)の社債購入対象となった限られたハイイールド企業は、十分な資金調達が可能であったため、今後短期的には一息つける余地が出てくると考えます。
格上げによりスプレッドは安定する
クレジット市場において、投資家たちは難しい問題に直面しています。ファンダメンタルズが改善する中、市場はその改善分をすでに織り込んでおり、クレジット・スプレッドが現在の水準からさらに縮小する可能性は低いと考えます。例えば、米国投資適格債インデックスのOAS(オプション調整後スプレッド)は3月12日時点では102bpsですが、金融危機後の最低水準は91bpsでした。
それでも、ファンダメンタルズの改善は、今後数四半期において格上げの下地を作る希望の兆しになると考えます。コロナ禍から脱する道筋が明確になるにつれ、格付機関はコロナ危機時に格下げした発行体を格上げすると考えます。事実、米国ハイイールドについては、今年1月、格上げの数が格下げの数を上回りました。
歴史的にみて、2003‐2005年、2013‐2015年、2017‐2019年がそうであったように、格上げ数が格下げ数を上回る期間のスプレッドは安定しています。このことは、スプレッドがタイトな環境下においても社債投資への信頼をもたらすと考えます。
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