シュローダー・サステナブル・ブリッジ【第2回】
【第2回】鼎談 投資はサステナブルな社会のためになる? ~「見せかけだけ」を見極める目を~
長年ESG投資に携わってきた立教大学特任教授の河口眞理子氏を迎え、弊社の荒井・飯田とともにサステナブルな社会に向けて投資が果たす役割について語り合いました。
立教大学特任教授
不二製油グループ本社株式会社
CEO補佐 ESG・市場価値創造担当 河口 眞理子氏(写真中)
シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社
執行役員 日本株式運用 副責任者 荒井 卓(写真左)
運用部 サステナブルエクイティアナリスト 飯田 夏木(写真右)
日本はサステナビリティの鎖国をしていた
荒井 河口さんは長くCSRやESG投資に携わっていらっしゃいますね。
河口氏 大学時代に環境問題に取り組んで以来、40年近く携わっています。
卒業後は証券会社に就職しアナリストをしていました。近い将来企業を環境面で評価する時代がくると信じ、90年代の終わりから環境経営・CSRについて調査研究を始めました。2000年代以降、企業にはCSR、投資家にはSRIの必要性を伝える仕事をしていましたが、2010年ごろからはその過程で消費者の役割も重要だと考えるようになりました。2020年にご縁があって不二製油グループに移籍するとともに大学で教壇にたち、消費者課題にも取り組んでいます。
荒井 日本ではここ数年で急に企業のSDGsに対する機運が高まったように感じますが、何か理由があるでしょうか。
河口氏 それは日本が長年サステナビリティの鎖国をしていたから、と捉えるとわかりやすいと思います。2015年にGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が国連PRI(責任投資原則)に署名したことをきっかけに、ESGやSDGsという黒船がやってきました。気候変動や途上国の現状といった社会問題がマスコミだけでなく、SNSなどを通じて情報として入ってくるようになり、同じころ日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードが策定されたこともあり、一気に企業に広まったと思っています。
荒井 しかし、まだ日本では投資家への浸透は不十分という気もします。私は欧州の機関投資家と会話する機会も多いのですが、経済的リターンだけでなく、社会的リターンにつながるインパクトに関する議論が出てきます。すでに欧州では、経済的リターンと社会的リターンが両立している印象です。
河口氏 それは欧州と日本において、投資に対する捉え方が違うということも影響しているかもしれません。欧州にはもともと社会全体として、投資に対する哲学や伝統があるような印象をうけます。欧州の小説を読んでると、例えば祖父から遺産でもらった株を持っていて、受け取った配当で旅に出た、というような記述をしばしば目にします。つまり長期的に保有するものだと。しかし日本では、祖父の遺言で株は怖いからやってはいけないという話になりやすい。そもそも投資は短期的な売買で利益を得るもの、投資ではなくて投機という認識が強い傾向があるように思います。
投資行動は社会につながっている
飯田 ESGは長期投資に不可欠な視点です。当社は長期投資を基本としているので、投資が社会や環境に与える影響にもっと関心を持ってもらいたいのですが、なかなかハードルが高いと感じています。
河口氏 ESG投資は5年、10年といった長期で成長を期待するものですから、意識を変えるのはそう簡単ではないかもしれません。
私は昔から、ソーシャルファイナンスの話をしています。投資は悪いことではありません。自分が社会で働いて稼ぎながら生きがいや自己実現するのと同じように、投資を通じて自分のお金も社会で働いてもらい、いいことしながら少し稼いできてもらうと考えればいいのです。投資行動は社会につながっているのです。
河口氏 お金に社会で働いてもらう方法には、投資のほかに寄付があります。この2つは真逆に聞こえますが、自分のお金を誰かに託して働いてきてもらうという意味では同じ概念です。投資は収益が出れば自分に100%戻ってきます。寄付は社会のために100%託すので、自分にお金は戻ってきません。そこにいまESG投資やクラウドファンディングなどが登場し、自分と社会への還元比率が異なる選択肢が増えてきました。例えばESG投資は自分90%、社会10%、クラウドファンディングは自分10%、社会90%くらいの比率になるでしょう。自分にとってこの比率をどうしたいか、考えて投資するのがいいと思っています。
荒井 まさに経済的リターンと社会的リターンの両立をどうするか、ということですね。
河口氏 例えば自動車を買う時は、値段、燃費、デザイン、定員といった複数の項目を考慮して選びます。洋服も同じ複数軸でえらびますよね。投資はこれまで経済的リターンばかり注目されていましたが、これからは社会や環境に対するインパクトという視点も欠かせない軸となるでしょう。ただしインパクトと言っても、その具体的な内容は環境や人権など多岐にわたります。何となく社会にいいことしている企業だとわかっても、それを正しく計測するデータがありません。これからはインパクトに関する可視化したデータが期待されます。
期待されるインパクトの可視化
荒井 シュローダーでは、インパクトを計測するツール「SustainEx」を2019年に開発しました。企業が社会や環境にもたらすプラス/マイナスのインパクトを金額換算して把握するツールです。炭素税が導入されたら、最終的に企業の損益計算書に影響があると想定される炭素排出量はわかりやすい例ですが、ほかにも、アルコールの製造・販売も健康への影響による社会保険費用の増加や労働人口への影響などがインパクトとして計測されます。インパクトを数値化することで、このファンドは、社会にプラスのインパクトをもたらすことを目指します、といった説明ができるようになります。
飯田 このツールは、現在、約40のインパクトの指標があります。例えば、アルコールの負の外部性は世界規模で何兆ドルあるのか、アナリストやファンドマネジャーがさまざまな文献に目を通しつつ議論して設定し、上場企業ごとに割り振るという仕組みになっています。
飯田 移行の過程をどう評価するかという点については、当社のリサーチチームも非常に関心を持って、取り組んでいます。例えば、当社では「Avoided Emission」という削減貢献量の分析フレームワークを構築し、SustainExの項目としてインパクト計測の対象としています。代替製品や技術が導入されなかった場合の炭素排出推定量をベースラインとして設定し、どの程度改善されたかを相対的に計測しています。ただ前提条件が入ってきますので、正確性という点では改善を続けていくことが重要と感じています。
河口氏 私は、まだインパクトの計測はレストランのアクセスマップの略図みたいなものではないかと思っています。略図って距離や縮尺は正確ではありませんが、2つ目の角を曲がって右に行って次の角を左に曲がるという方向性はわかります。例えばインパクトを計測して出てきた数字が30と34だったとしても、計算方法を変えれば30と25になるかもしれません。つまり、いまのインパクトの計測は方向性としてはあっているのでしょうが、正確な数値まではわからないというレベルではないでしょうか。
荒井 略図というのは面白い比喩ですね。定量的運用ですと数字が絶対となりますが、当社のようなボトムアップのアクティブ運用はファンドマネジャーが定性的な情報も踏まえて投資判断をしていきますから、ツールを略図のように柔軟に活用するというイメージとは合致しています。
「見せかけだけ」かどうか精査が必要
荒井 SDGsやESGに取り組む企業が増えている中、投資家に期待したいことはありますか。
河口氏 投資先を選ぶ時は、ぜひ中身を精査してほしいと思います。というのは、見せかけだけSDGsに対応していますという企業がまだ見受けられるからです。5年以上前だったか、女性活躍を謳っている企業のパフォーマンスを比較したデータがありました。具体的には、女性役員比率が3割以上の企業、1割以下の企業、ゼロの企業の比較です。どの企業が、一番パフォーマンスが悪かったと思いますか?
荒井 1割以下でしょうか。
飯田 私も1割以下だと思います。
河口氏 そうなんです。一番パフォーマンスが悪かったのは、女性役員比率が1割以下の企業でした。もし女性の活躍が本当に必要だと認識していたら、ある程度の人数を登用しないと意味がありません。にもかかわらず比率が1割以下というのは、世間体で登用しているということでしょう。環境や人権にまじめに取り組んでいる企業かどうか見極めることで、持続的な成長が期待できる企業に投資でき、サステナブルな社会の構築につながるのではないかと思います。
飯田 非常に重要な点だと思います。当社もアクティブ運用者として投資先企業を選別する立場として、企業の見せかけだけの取り組みではなく、長期的に企業価値の向上と社会・環境へのプラスの影響を目指している企業を精査して、投資をしていくことが大事だと考えています。
荒井 私たち運用会社自身も、ESG投資の取り組みが見せかけではないことを示していくことが重要です。そのためにもインパクト評価のツールなども活用しながら、丁寧な情報開示に努めていきたいと思います。
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